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東京高等裁判所 昭和35年(う)2479号 判決 1961年12月21日

控訴人弁護人

小林直人

外三名

検察官

被告人

大滝保

外四名

主文

原判決を破棄する。

被告人大滝保を懲役三月に

同 佐藤昭二を懲役四月に

同 高山克已を懲役二月に

同 恒川幸雄を懲役二月に

同 牛木利雄を懲役二月に

それぞれ処する。

但右被告人五名に対し、本裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用中証人永井惣四郎に支給した分は、被告人高山克已、同恒川幸雄、同牛木利雄の連帯負担、証人若山信一、同牛木金平に支給した分は、被告人牛木利雄の単独負担とし、其の余は、被告人大滝保、同佐藤昭二、同高山克已、同恒川幸雄、同牛木利雄の連帯負担とする。

被告人らの各控訴はいずれもこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官石原定美の提出した控訴趣意書、弁護人小林直人、同渡辺喜八、同石田浩輔、同坂上富男連署の控訴趣意書各記載のとおりであるから、これを引用する。

一、検察官及び弁護人の各控訴趣意第一点について

各所論は、いずれも原判決の事実誤認を主張するものであるが検察官は、本件公訴第一訴因は被告人高山克已、同恒川幸雄、同牛木利雄三名の永井惣四郎に対する共同犯行であるのを、原判決は、被告人高山克已の単独犯行と認定し、また本件公訴第二訴因は被告人大滝保、同佐藤昭二、同高山克已、同恒川幸雄、同牛木利雄五名の大滝忍に対する共同犯行であるのを、原判決は、被告人佐藤昭二の同人に対する単独暴行、被告人大滝保、同佐藤昭二、同恒川幸雄、同牛木利雄四名の同人に対する共同暴行及び、被告人佐藤昭二の同人に対する単独暴行が偶々時を同じくしてなされ同人に加えた傷害の程度及びこれを生ぜしめた者を知ることができないものとし、被告人高山克已は、右暴行が行われるより前に現場を立ち去りこれに加担した事実なしとして、無罪を言い渡したのは事実の誤認である、と主張するのに対し、弁護人は、永井惣四郎は自発的に原判示南部信号所より退出したものであつて、原判示の如く被告人高山克已は同人に暴行を加えた事実なく、また、被告人大滝保、同佐藤昭二、同恒川幸雄、同牛木利雄らはいずれも原判示の如く大滝忍に対し暴行を加えた事実なく、同人は当時偶々機外停車中の列車日本海を誘導のため原判示南部信号所を立出たものである、とそれぞれ主張するものである。

よつて記録を精査し、原判決挙示の各証拠を仔細に検討し、更に当審において事実の取調べをした結果を綜合すれば、次の事実を認定することができる。

先づ、新潟地方本部斗争委員会が、国鉄労働組合中央斗争委員会の決定に基いて、管内各駅等の実情を勘案して、昭和二十九年十一月十七日から三日間行うべき第三波斗争の場域を酒田、新津、直江津の各駅及び本件長岡操車場の四ケ所に指定してこれを実施するに至つたこと、及びその背景的事実関係と経緯は、すべて原判決事実摘示の冒頭に示すとおりこれを認定することができる。唯上越支部所属の長岡操車場分会においては、一般組合員の斗争意識が薄く、組合活動も極めて低調であつて、前記三日間の第三波斗争においても、前二日はいずれも指令どおりの職場大会も開けず、斗争第二日目の十八日には、中央指令の返上さえ主張されて、同日の斗争を中止するのやむなきに至り、このような実情にあつて、新潟地方本部斗争委員会としては、長岡操車場における斗争を成功させなければ、当期斗争に大な支障をきたす結果となることとなるので、長岡操車場における斗争を極めて重視し、当局の抵抗を排撃して飽くまでその斗争を完遂することに主力を注いだのである。そのため、新潟地方本部斗争委員会における最高幹部たる委員長代理被告人大滝保、同本部共同斗争部長たる被告人佐藤昭二の両名は自ら右長岡操車場に臨み、上越支部所属組合員を右斗争に参加応援せしめ、二百数十名の斗争参加組合員に対し、斗争の経過及びその重要性を説明、強調し、組合員の配置その他斗争の具体的方法について自ら指示を与え、更に本件長岡操車場南部信号所における実力行使にも、自らこれに参加するに至つたのである。

また、被告人高山克已は上越支部書記長副斗争委員長として、被告人恒川幸雄、同牛木利雄の両名は、同支部執行委員、斗争委員として、いずれも右長岡操車場における斗争に参加し、被告人大滝保の指示によつて、組合員約四十名を引卒して、本件南部信号所における実力行使を直接指導したものである。即ち被告人牛木利雄は、上越支部組合旗を掲げて組合員の先頭に立つてこれを南部信号所に誘導し、被告人高山克已は、直接その指揮者として信号所内に入るや、同所において業務命令によつて勤務中の永井惣四郎、大滝忍及び同駅職員濁川保行らに対し、「今から列車の運転を停止する。」と宣言し、また被告人恒川幸雄は伝令として「十一時三十分より当信号所で実力行使を行う。非組合員は場外へ出て貰う。」旨本部よりの指示を告げその斗争目的を明らかにし、更に被告人高山克已は、「組合員はリバー前のロツカに腰をおろせ。」と指示し、十数名の組合員をしてロツカに腰をおろさせ事実上その操作を不能ならしめ、次で被告人高山、同恒川、同牛木の三名は交々非組合員たる永井惣四郎及び大滝忍の両名に対し、即時同信号所よりの退去を要求したのである。

併しながら永井惣四郎は、業務命令により勤務中の故をもつて退去を拒否したため、右被右人三名は他の組合員二、三名と共同して、同所より動くまいとして傍らの柱に掴まつた永井の手を柱より外し、その腕を捉え肩を押して、同人を信号所入口より踊場上に連れ出し、同人が再び室内に入らうとするや、戸桟棒をしてこれを拒み、更に同人の肩附近を押して同所階段を数段降下せしめる等の暴行を加え、同人をして同信号所を退去させ、その公務の執行を妨害したものである。

而して右暴行の中、被告人高山、同恒川、同牛木の三名は、永井を出入口より踊場上に押し出す際他の組合員と共にその肩を押し、被告人恒川、同牛木の両名は、永井が再び室内に入らうとした際戸桟棒をしてこれを拒み、被告人高山は、階段口において永井の肩を押してこれを階段より降下せしめる等の暴行をした事実は証拠上明らかであるが、右各暴行は、各被告人が単独に、ばらばらの行動としてなしたものではなく、前記信号所の機能を一時停止すべき斗争目的に従つて、永井を強制的に同信号所外に退去せしめるため、前記被告人高山らの指示により互に意思を通じ協力する組合員二、三名と共同し右一連の暴行を加え永井の公務の執行を妨害したものである。

原判決が、被告人恒川、同牛木の両名は、単に永井に対し退去を永めたに過ぎないとし、また被告人らと無関係に他の組合員が永井の両腕を捉えて肩を押して、これを信号所外に連れ出したところを、被告人高山がその肩附近を押して階段を数段降下せしめたものとして、被告人高山の単独暴行を認定したことは事実の誤認である。

また検察官は、右永井に対する暴行は、被告人高山、同牛木、同恒川三名の共同犯行である、と主張し他の組合員二、三名を含む共同暴行である点を看過している点は、必ずしも正鵠を得たものではないが、原判決が被告人高山の単独犯行である、と認定しなのを不当と主張する点においてその控訴趣意は理由がある。

弁護人は、永井惣四郎は嘗て組合の執行委員を勤めたこともあり、斗争時における組合の立場につき十分は理解と認識とを有し当日は、以前同じ職場にも勤務し慣染みある小川典夫より斗争の意義、目的を説明して協力を求められ、自発的に南部信号所を退出したもので、被告人高山らの暴行によるものではない。唯偶々同時に勤務していた大滝忍に対する気兼ねから、明ら様に組合員に同調する態度を見せることもできず、已むを得ず退去する如く苦肉のゼスチヤーを演ずるため、出入口の柱に掴まる等、いかにも退去を拒否する如く見せかけ、また一旦踊場に出た時、道路橋の上に公安職員がいることに気付き当局に対する気兼ねから、もう一度室内に入らうとするゼスチヤーを演じたに過ぎないと主張するけれども、前掲各証拠に照し右の如き事実は到底これを認めることはできない。

また弁護人は、被告人高山の踊場上における暴行につき、原審証人永井惣四郎の証言によれば、被告人高山が一回永井の肩のあたりを押し、後は惰力で降りたというのであり、同証人佐藤憲哉の証言によれば、被告人高山が二、三回永井を押し、上から五、六段のところまで降ろしたというのであつて、同一事実について両証言が全く相違しており、事実認定の証拠として共に不適格である、と主張するのであるが、証人永井惣四郎は、被害者本人であり、身をもつて直接経験した事実について証言しているのであるから、相当の距離をへだてて目撃していた証人佐藤憲哉に比較して、その認識した事実及びその記憶ともに、最も真相に近く正確なものと認められるのである。併しながら証人佐藤憲哉の証言もその微細な点を除き被告人高山が永井の肩のあたりを押したというような重要な点において、永井惣四郎の証言と相俟つて右事実認定の証拠として何ら欠くるところはない。

次に大滝忍は、前記被告人高山らの退去要求に対し強く拒否の態度に出て、同信号所見張台の床上に腰をおろし、傍らの机の脚を抱くようにしてとらえ、組合員らによつて室外に引き出されることを拒んだので、組合員の中には、「机と一緒に窓からほおり出してしまえ」等と暴言を吐くものもあり、容易に同人を退去せしめ得ないでいたところ、同信号所の実力行使の成り行きを懸念して自らこれに参加するため、やがて同所に到着した被告人大滝保、同佐藤昭二の両名は、大滝忍が退去要求を強硬に拒否している有様をみて、被告人高山、同恒川、同牛木の三名及び他の組合員二、三名と互に意を通じて次の如き暴行を加えて同人を信号所外に退去せしめたものである。即ち先づ、被告人佐藤は侮蔑の意味を含めて、床の上に腰をおろした大滝忍の両腿の上に数回強く尻を落し、次で被告人大滝保、同佐藤の両名は大滝忍の前方から左右片脚宛を掴んで引張り、同人が掴んだ机が倒れようとすると、被告人高山、同恒川、同牛木の三名は他の組合員二、三名と共に大滝忍の腕を掴んだり、右机を持ち上げて、机と共に同人を信号所入口まで引き摺り、同所において大滝忍が机の脚を放したのでそのまま同人を前記踊場上まで引き摺り出し、更に被告人佐藤は大滝忍の前方からその両脚を掴んで引張り、前記階段を数段引き降ろす等の暴行を加え、遂に同人をして右信号所より退去せしめその公務の執行を妨害し、右暴行により同人に対しその両大腿伸側部及び背部に通院加療三日間を要する打樸症を負わせたものである。

而して被告人らの右各暴行も各自単独の行動としてなしたものでなく、被告人五名及び他の組合員二、三名と互に意を通じてなした共同犯行であることは前記永井惣四郎に対する場合と同様であつて、原判決が、大滝忍の両腿上に尻を落した暴行及び踊場上より同人の両脚を掴んで引き降した暴行を被告人佐藤の単独犯行とし、机と共に大滝忍を信号所入口より引き摺り出した暴行を被告人大滝保、同佐藤、同恒川、同牛木四名の共同犯行として、大滝忍に加えた傷害の程度その加えた者を知ることができないとし被告人高山は右暴行に加担しなかつたものと認定したことは事実の誤認である。

弁護人は、被告人大滝保、同佐藤、同恒川、同牛木の四名は、大滝忍に対し原判示の如き暴行を加えた事実はなく、大滝忍が靴のまま足をバタバタさせ、机が転倒しそうになつたので、その危険を妨ぐため、被告人大滝と同佐藤がその脚を押え、被告人恒川と同牛木が机を押えたに過ぎない。また被告人佐藤は、他の組合員に押されてよろめいて、大滝忍の方に寄りかゝる格好になつたに過ぎず、大滝忍は急行列車五〇一日本海を誘導するため自発的に同信号所を退出したものであると主張するのであるが、前掲各証拠上そのような事実はこれを認めることができない。

また弁護人は、被告人佐藤が大滝忍の両脚を掴んで引張り階段を引き降ろした点について、原審証人大滝忍、同大屋貞の両名は、二、三段ないし数段といい、同岩崎敏郎は下から四段目、即ち上からは八段目といい、同加藤忠次は、中程即ち六、七段まで、といい各証言は区々様々で信用できないのみならず、本件検証によつて明らかなような勾配の急な階段において、被告人佐藤が大滝忍の両脚を下から引張つて仰向けのまま数段ないし中程まで降ろすということは不可能である。その場合加速的勢がついて被告人佐藤と共に一緒に下まですべり降りる以外はないのである。原判決が同人を数段引を降したと認定したことは虚無の証拠により経験則に反する事実を認定したものである、と主張するのであるが、この点についても証人大滝忍は被害者本人でありその身をもつて経験した事実これに対する記憶は、他の目撃証人に比較して最も真相に近い正確なものと認められ、また他の目撃証人の各証言も相当の距離をへだてて認識した事実であるため、その微細の点について正確さを欠き互に一致しないところはあるがその主要な点については右大滝忍の証言と相俟つて前記事実認定の証拠として十分であり、右事実はまた所論の如く経験法則に反するものではない。

また原判決は本件訴因第二事実について、大滝忍が南部信号所から押し出された時刻を大体十一時四十五分と認定し、被告人高山は同所より徒歩十分間を要する宮内駅より同駅午后零時頃発車予定の第七二四号列車に乗車するため、右信号所を立去つているので、遅くとも十一時四十分頃までには同所を出発していなければならないので、大滝忍が前記暴行を加えられて信号所外に押し出された当時、被告人高山は同所に存在せず、同人は大滝忍に対し暴行を加えた事実はないとして無罪を言渡しているのであるが証拠によれば、右七二四列車の宮内駅発の時刻は十二時十四分であり、しかも当時斗争の影響をうけて各列車とも遅延し、実際には右七二四列車も二十六分遅れ十二時四十分に宮内駅を発車しているのであるが、そのことは被告人高山においても或る程度予想していたものとみられ、少くとも同被告人は、大滝忍が信号所より押し出された後に同所を出発しても優に右列車に乗車し得る状況にあり、被告人高山は右列車の発車時刻及び遅延状況等を念頭において大滝忍が信号所より退出せしめられた後に同所を出発したものと認められるのであつて、この点の原判決の認定は誤りである。

以上原判決の事実誤認についての検察官の控訴趣意は理由があり、この点において原判決は破棄を免れない。

二、弁護人の控訴趣意第二点について

所論は、仮に被告人らが鉄道係員である永井惣四郎、大滝忍らに暴行を加えその職務の執行を妨害した事実があつたとしても、その所為は鉄道営業法第三八条の規定に該る犯罪であり、右法条は、刑法第九五条第一項の一般公務執行妨害罪の規定の特別法として、これに優先して適用せらるべきであるのを、原判決が右特別法優先の原則を無視して被告人らの所為に対し刑法第九五条第一項を適用して処断したのは、法令の適用を誤つたものであり、右誤りは当然判決に影響を及ぼすことが明らかである、と主張するのであるが、刑法第九五条と鉄道営業法第三八条とは互に交錯するところはあるが、一般法、特別法の関係にあるものではなく、後者は前者の適用を排除するものとは解せられない。被告人らの所為が鉄道営業法の罰条に該当するとしても、この点について公訴の提起されない本件において原判決が刑法第九五条第一項を適用したのは正当であり、所論の如き違法は存しない。論旨は採用の限りでない。

三、弁護人の控訴趣意第三点について

所論は、国鉄職員は刑法第九五条の公務員に該当せず、これに対しては公務執行妨害罪は成立しない、と主張するのであるが、刑法第七条は、公務員を「官吏、公吏、法令により公務に従事する議員、委員、その他の職員」と定義し、日本国有鉄道法第三四条第一項は、「役員及び職員は法令により公務に従事する者とみなす」と規定し、これによつて国鉄職員は刑法における公務員とみなされるのである。

所論は、右の「みなす」の趣旨は、経済罰則の整備に関する法律第一条等に、「刑法その他罰則の適用については法令により公務に従事する職員とみなす」と規定するところと同趣旨であつて、国鉄職員は、それらの者が、刑法その他の罰則の適用をうける場合には、これを公務員とみなす、という趣意に解すべきである、と主張するけれども、国有鉄道法第三四条第一項は、「法令により公務に従事する職員」を公務員とする、という刑法第七条の規定内容をそのままうけて、国鉄職員は「法令により公務に従事する者」とみなすと規定しているのであるから、その趣旨は、国鉄職員は刑法における公務員とみなす趣意であつて、所論の如く国鉄職員が刑法その他の刑罰法令の適用を受ける場合に限つてこれを公務員とみなす趣旨と解することはできない。

所論は、本来の「みなす」規定を恰も解釈規程の如く誤解した結果、従来の裁判例においても、国有鉄道法第三四条の解釈を誤り、国鉄職員を刑法上の公務員に該るものとしたと非難するけれども、所論の如く「法令により公務に従事する者とみなす」と規定するものを、「刑法その他の罰則の適用をうける場合にこれを公務員とみなす」と解釈する如きは、みなす規定の文理を無視し不当にこれを混同するものであつて正当ではない。この点の論旨は採用しない。

所論は、国有鉄道法第三四条は国鉄の業務を一般に公務とする趣旨ではなく、単に国鉄という事業の公共性の故をもつて、その役職員に対し職務の清廉性を義務づけたものに過ぎず、公権力の行使としてその職務を保護する趣旨ではない、と主張するけれども、国鉄は運輸大臣の監督の下に、内閣の任命する総裁、監理委員会の指導、統制によつてその業務が運営され、その資本金は全額政府出資にかかり、その予算、会計は一般国費の場合と同様に取扱われているのであつて、その事業の性格は、直接国の行政機関によつて営まれる場合とその本質を異にせず、高度の国家的公共性を有し、国の利益、公共の福祉と直結するものとして、一般私企業と区別されなければならいのである。所論の如く、国鉄職員の職務執行は、公権力の行使を伴わず、それ自体権力的内容を有しない点において、一般私企業の場合と同様であるけれどもその職務の内容及び性格が前記の如く、国の行政機関によつて営まれる場合と本質を異にせず、高度の国家的公共性を有し、国の利益、公共の福祉と直結する場合、これを一般公務員による職務執行と同様な保護法益として評価すべきは当然であつて、所論の如く公権力の行使を伴はず、権力的内容を有しない故をもつて、単にその清廉性のみが要求されて公務としての保護法益に値えしないとなすことはできない。

所論は、国鉄は明治末年より昭和二十四年五月末までは官庁でありその職員は当然公務員であつたが、昭和二十四年六月一日以降は、一般的私企業と同じ公共事業体となり、その職員は非公務員となつたものである、と主張するのである。なる程日本国有鉄道法が施行され、国が国有鉄道事業特別会計をもつて経営する鉄道事業を最も能率的に運営するために日本国有鉄道という公法人が設けられ、これに属する役職員は直接国の行政事務を掌る一般官公吏と区別されるに至つたけれども、それが国の事業であることには変りなくその性格が高度の公共性を有する点においてはその間に些も変動はないのである。またその事業内容が権力的支配関係を伴わず専ら非権力的経済活動を主体とする点においても前後異同はないのである。所論が指摘する如く国鉄がいわゆる官業でありその職員が当然に公務員とされた当時においても、その職務が公権力の行使を伴うものであり、公権力行使の保護を必要とするために、これに対する公務執行妨害が認められたものではないのである。国鉄事業の国家的性格に鑑みてその職務は公務とされ、公務執行妨害罪における保護法益とされたのである。そしてそのことは、日本国有鉄道法の施行によつて些も変動はないのであつて、同法第三四条第一項は国鉄の役職員を広く刑法における公務員とみなし、公務員に関する諸規定の適用を認めたものと解すべきである。原判決が同一の見解に立つて本件につき公務執行妨害罪を認定したことは正当であり、論旨はまた採用の限りでない。

以上弁護人の本件控訴はすべてその理由がないので刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却し検察官の事実誤認を主張する論旨は理由があり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、刑事訴訟法第三九七条第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書の規定によつて直ちに自判することとする。

一、事実

国鉄労働組合は、昭和二十九年六月下旬山形県上山市に全国大会を開催し、前年度争議に伴う犠牲者等に対する不当処分の撤回給与改訂等の要求項目を掲げ、これを実現するため年末斗争の必須な情況を確認し、執行委員をそのまま斗争委員とし、斗争戦術を中央委員会に委任して、後日、その指令による年末斗争の実施を決議したのであるが、新潟地方本部斗争委員会は、傘下組合員及び管内各駅等の実情を勘案して、同年十一月十七日より三日間、中央指令により第三波斗争として実施すべき職場大会の場域を、酒田、新津、直江津の各駅および長岡操車場の四カ所に指定したのであるが、右長岡操車場分会においては、一般組合員の斗争意識が薄く、組合活動も極めて低調であつて、前記三日間の第三波斗争において、前二日はいずれも指令どおりの職場大会も開けず、斗争第二日目の十八日には、中央指令の返上さえ主張されて、同日の斗争を中止するのやむなきに至り、このような事情にあつて新潟地方本部斗争委員会としては、長岡操車場における斗争を成功させなければ、当期斗争に大きな支障を来たすこととなるので長岡操車場における斗争を極めて重視し、当局の抵抗を排撃して飽くまでその斗争を完遂することに主力を注いだのである。そのため、新潟地方本部斗争委員会における最高幹部たる委員長代理被告人大滝保、同本部共同斗争部長たる被告人佐藤昭二の両名は斗争第三日目十一月十九日午前十時三十分頃自ら右長岡操車場に臨み、上越支部所属組合員を右斗争に参加応援せしめ、二百数十名の斗争参加組合員に対し、斗争の経過およびその重要性を説明強調し、組合員の配置その他斗争の具体的方法について自ら指示を与え、被告人高山克已は、上越支部書記長副斗争委員長として被告人恒川幸雄、同牛木利雄の両名は、同支部執行委員斗争委員として、いずれも右長岡操車場における斗争に参加し、被告人大滝保の指示によつて、組合員約四十名を引卒して同日午前十一時三十分頃より新潟県長岡市所在右操車場第一挺子扱所(通称南部信号所)における実力行使を直接指導するに至つたものである。

即ち被告人牛木利雄は、上越支部組合旗を掲げて組合員の先頭に立つてこれを右南部信号所に誘導し、被告人高山克已は、直接その指揮者として信号所内に入るや、同所において業務命令によつて勤務中の当時国鉄来迎寺駅長永井惣四郎および当時右操車場運転係大滝忍、同駅職員濁川保行らに対し、「今から列車の運転を停止する」と宣言し、また、被告人恒川幸雄は、伝令として「十一時三十分より当信号所で実力行使を行う。非組合員は場外へ出て貰う」旨本部よりの指示を告げてその斗争目的を明らかにし、更に被告人高山克已は「組合員はリバー前のロツカに腰をおろせ」と指示し、十数名の組合員をしてロツカに腰をおろさせ、事実上その操作を不能ならしめ、次で被告人高山、同恒川、同牛木の三名は交々非組合員たる永井惣四郎および大滝忍の両名に対し即時同信号所よりの退去を要求したのである。

併しながら右永井惣四郎は業務命令により勤務中の故をもつて退去を拒否したため右被告人三名は他の組合員二、三名と共謀し同所より動くまいとして傍らの柱に掴まつた永井惣四郎の手を柱より外し、その腕を捉え肩を押して同人を信号所入口より踊場上に連れ出し、同人が再び室内に入ろうとするや、戸桟棒をしてこれを拒み、更に同人の肩附近を押して同所階段を数段降下せしめる等の暴行を加え、同人をして同信号所を退去させ、もつてその公務の執行を妨害し、

また、大滝忍は右被告人らの退去要求に対し強く拒否の態度に出で、同信号所見張台の床上に腰をおろし、傍らの机の脚を抱くようにしてとらえ、組合員らによつて室外に引き出されることを拒否したので、組合員の中には、「机と一緒に窓からほおり出してしまえ」等と暴言を吐くものもあり、容易に同人を退去せしめ得ないでいたところ、同信号所における実力行使の成りゆきを懸念して自らこれに参加するため、やがて同所に到着した被告人大滝保、同佐藤昭二の両名は、大滝忍が退去要求を頑強に拒否している有様を見て被告人高山、同恒川、同牛木の三名および他の組合員二、三名と実力をもつて同人を信号所外に退去せしめるため互に意を通じ先づ被告人佐藤は、侮蔑の意味も含めて、床の上に腰をおろした大滝忍の両腿の上に数回強く尻を落し、次で被告人大滝保、同佐藤の両名は大滝忍の前方から左右片脚づつを掴んで引張り、同人が掴んだ机が倒れようとすると、被告人高山、同恒川、同牛木の三名は他の組合員と共に、大滝忍の腕を掴んだり、右机を持ち上げて、机と共に同人を信号所入口まで引き摺り、同所において大滝忍が机の脚を放したので、そのまま同人を前記踊場上まで引き摺り出し、更に被告人佐藤は、大滝忍の前方から両脚を掴んで引張り、前記階段を数段引き降ろす等の暴行を加え、同人をして右信号所より退去させ、その公務の執行を妨害し、右暴行により、同人に対しその両大腿伸側部及び背部に通院加療三日間を要する打樸症を負わせたものである。

二、証拠(略)

三、法令の適用(略)

(裁判官 兼平慶之助 斉藤孝次 関谷六郎)

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